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獣毛繊維のDNAによる定性・定量技術に関する検討

背景と目的


獣毛繊維の後加工によるスケールの不鮮明化や近年の飼育環境の変化による獣毛自体の変化、加えて、度重なるカシミヤ混率の誤/偽表示問題等から、新たな視点の獣毛鑑別法が求められています。

カケンでは、過去に顕微鏡法以外の獣毛種の同定方法としてPCR法を用いた「DNAによる獣毛繊維の同定方法」を構築し、特許登録1されています。しかし、実務として取り組んでいく中で、場合によってはDNAが検出されないサンプルがあること、原理的にDNA初期濃度の定量が厳密には出来ないこと等、DNAを利用する手法に潜在する問題点に気づき、その実務への運用は留保してきました。

近年、「PCR法」をブラッシュアップした「リアルタイムPCR法」が登場し、より高感度、特異的かつ簡便にDNA初期濃度を定量することが可能となり、 広い分野で活用されています。この技術を獣毛繊維の定性・定量に活用しようといった動きも散見され、カケンにも同様の取り組みが要求されるようになってきました。

そこでカケンでは、過去に経験した問題点も念頭に置きながら、「PCR法」を「リアルタイムPCR法」に置き換える事で「DNAによる獣毛混用率測定」が真に可能となるのか否か、潜在する問題点はどこにあるのか、問題点を解決し試験に活用する上での適用範囲はどこまでなのかを明確にする事を目的とし、ステッ プバイステップで詳細な検討をおこなう事としました。


Step1. リアルタイムPCR法で使用可能なプライマー及びプローブの作成


カシミヤ、ウール、ヤク、種共通のプライマー・プローブを新規設計し、非常に高感度のものが作成できました。また、DNA抽出阻害の補正や定量精度の信頼性確認を目的とし、種共通DNA領域も同時測定する事を原則としました。


Step2. DNA定量の検量線に使用する標準物質の作成


一般的にリアルタイムPCR法によりDNAを定量する場合、その検量線に用いる標準物質には次の3種類が用いられます。


  • 目的DNAを含むサンプルからのDNA抽出物
  • 目的DNAを含むサンプルから抽出したDNAのPCR増幅産物
  • 目的DNAを含むプラスミド(自己複製可能な環状DNA)を産生する細菌を作成した後、これを抽出・精製したもの

上記1.や2.は、手法が比較的容易であることから、検量線用標準物としてよく使用されます。

しかしながら、今回のような衣料品等の獣毛繊維を対象とした場合、その抽出DNAがごく微量である事、ごく微量のものをPCR増幅する際のエラーレートの高さなどが問題となり、検量線用の標準物として使用した場合に信頼性が確保できません。

そこでカケンでは、上記3.にある人工プラスミドを標準物として使用する方法を採用しました。カシミヤ、ウール、ヤク、種共通のDNA配列を一分子ずつ含 むプラスミドの産生が可能な組換え大腸菌を作成し、無限供給可能な状態としました。これによって、獣毛種間で検量線の同等性が確保され、信頼性が高まる事となりました。


Step3. 各獣毛種の標準物質を任意の比率で混合した場合の理論値と実測値の相関性の確認


大腸菌から抽出精製したプラスミド4種(カシミヤ、ウール、ヤク特異的配列および種共通配列を含む)を各比率で混合し、理論比率に対する実測比率の比較を行った結果、各混合比率が拮抗するに従い理論値と実測値の乖離が大きくなる傾向が見られました。


DNAコピー数比

この事を獣毛混用率に当てはめると、仮にDNAを用いて全混用率領域における混用率を算出する場合、その定量精度は必ずしも高くない事を示唆しています。しかし、獣毛量の差が大きい領域(ウール95%/カシミヤ5%、あるいは、カシミヤ95%/ウール5%等)では、適用できる可能性がある事がわかりました。


Step4. 獣毛からの最適なDNA抽出法の検討


市販の抽出キット5種類を用いて、未加工整毛からDNA抽出-リアルタイムPCR測定をおこない、増幅検出サイクルが早く(測定対象DNAの抽出濃度が高い)、再現性の高いキットを選定しました。


Step5. 実際の獣毛試料を用い、顕微鏡法による獣毛混用率とリアルタイムPCR法によるDNAコピー数比との相関の検討(製品による調査)


獣毛混用率とDNAコピー数比との関係は、大局的には一致している場合が多く、獣毛種の定性はもちろんの事、スクリーニング目的での定量の可能性が示唆されました。

しかし、一部の染色加工等の影響により、まれに全くDNAが抽出されない試料が存在する事があり、DNAの有無のみで混用率そのものを判断する事には大きなリスクを伴う事がわかりました。


Step6. 獣毛の未加工整毛を任意の混用率で混合し、獣毛繊維重量とDNAコピー数との相関の検討


家庭用品品質表示法の混用率が繊維の重量比をベースにしている以上、獣毛繊維重量とDNAコピー数に強い相関がなければ、DNAから獣毛混用率を算出することはできません。残念ながら現時点では、獣毛繊維重量とDNAコピー数の関係が大きく崩れる組合せ条件がある事がわかっています。


Step7以降


  • DNA抽出阻害要因の解明とその機構の検討
  • DNA分析による獣毛混用率の限界とその適用範囲の検討

等を継続しておこなっています。


DNAを獣毛繊維の定性・定量に活用するにあたっての留意事項


  • リアルタイムPCR法による獣毛繊維の定性/定量は、顕微鏡法による獣毛繊維の鑑別/混用率測定と併用する事によって効果をもたらす

  • これまで得られた次の知見


    • すべての獣毛繊維から均一にDNAが抽出されるかどうかわからない
    • 場合によっては、獣毛繊維が存在していてもそのDNAが全く抽出されない試料がある
    • DNAコピー数は、混用率と直接的に対応するものではない。また仮に混用率に換算できたとしても家庭用品品質表示法に対応できるほどの精度はない

    等から、リアルタイムPCR法を「主」たる手法として獣毛繊維の鑑別/定量に用いる事には高いリスクが伴うことがわかります。現時点では、あくまで顕微鏡法が「主」であり、リアルタイムPCR法などのDNAを用いた手法を「従」として活用することによって、獣毛繊維の鑑別/定量に対する正しい解釈が得られるものと考えます。


  • リアルタイムPCR法による獣毛繊維の定性/定量の正しい活用法

  • 以下のような点に留意する事により、リアルタイムPCR法から得られた結果を、獣毛鑑別および混用率に活かす事は可能だと考えられます。


    • 顕微鏡法で鑑別された繊維がリアルタイムPCR法で検出されない場合、顕微鏡法の結果を採用する
    • 顕微鏡法で鑑別されなかった繊維がリアルタイムPCR法で検出された場合、検出された繊維が混用されているものと想定し、顕微鏡法で再度確認する

    このように、その結果の信頼性を下支えする参考法としてこそ活きてくる手法であると言えます。



1特許 第3566570号 「DNAによる獣毛繊維の同定方法」 H16.6.18 登録

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